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京都地方裁判所 昭和61年(ヨ)494号 決定

申請人 小林重夫

〈ほか一八名〉

以上一九名代理人弁護士 福井秀夫

被申請人 ニチモ株式会社

右代表者代表取締役 寺田順三

右代理人弁護士 木村五郎

同 臼田和雄

被申請人 株式会社 長谷川工務店

右代表者代表取締役 水上芳美

右両名代理人弁護士 笹川俊彦

同 井上進

同 大砂裕幸

主文

一  被申請人らは、申請人小林重夫に対し、別紙物件目録一記載の土地上に建築中の七階建分譲マンション南側の窓のうち、別紙第一図面表示の赤線にて囲まれた窓について、同第三図面表示のとおり窓下枠から二階部分につき五六センチメートル、三階部分につき三五センチメートル、四階部分につき二一センチメートル、五階部分につき一四センチメートル、六・七階部分につき各七センチメートルの高さの目隠しの設備(その仕様は別紙製品目録記載の製品によるものとする。)をしなければならない。

二  申請人小林重夫のその余の仮処分申請及びその余の申請人らの仮処分申請をいずれも却下する。

三  申請費用は申請人らの負担とする。

理由

一  申請の趣旨

1  被申請人らは、別紙物件目録一記載の土地上に七階建分譲マンションを建築してはならない。

2  申請人小林重夫の右申請が認められないときは、被申請人らは、同申請人に対し、別紙第一図面表示の赤線にて囲まれた窓について、同第二図面表示のとおり窓上枠から下へ二階から五階までは各二〇センチメートル、六、七階は各三〇センチメートルを空けて、その下に目隠しの設備をしなければならない。

二  当裁判所の判断

1  当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  被申請人ニチモ株式会社は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有し、同土地上に鉄筋コンクリート造七階建共同住宅、建築面積二七六・九四平方メートル、延べ面積一六二四・八七平方メートル(仮称・グリーンコーポ御池、以下「本件建物」という。)を建築することを計画し、被申請人株式会社長谷川工務店に本件建物の建築を請け負わせ、昭和六一年五月二九日建築確認を得た上、同被申請人をして本件土地に存在した旧建物を取り壊して本件建物を建築している(以下「本件建築工事」という。)。

(二)  申請人小林重夫は、本件土地の南側に別紙物件目録二、三記載の土地(以下、「同申請人宅地」という。)を所有し、同土地上に同目録四記載の建物(以下「申請人小林宅」という。)を建築し居住している。

(三)  申請人奥村忠三は、本件土地の東側に隣接する西洞院通(幅員六・七六メートル)の道路の東側隣接地上にある同目録五記載の建物(以下「申請人奥村宅」という。)を賃借して居住している。

(四)  右申請人ら両名を除く申請人ら一七名(以下「申請人ら一七名」という。)は、本件土地の北側隣接地上にある同目録六記載の建物(以下「御池パークマンション」という。)の各専有部分の分譲を受けて居住している。

2  申請人小林の仮処分申請について

(一)  まず、同申請人の被申請人らに対する本件建物の建築禁止請求権の存否について考えるに、当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、本件建物は、同申請人宅地との間の境界線から六〇センチメートルの間隔を保持し、右宅地に面した南側には別紙第一図面表示のとおりの窓を設けるものであることが一応認められるが、この事実をもってしては、同申請人に対し民法二三五条に基づき目隠し設置請求権を生じさせることはあっても、被申請人らの本件建築工事の禁止を求める権利を取得させるまでには至らないといわねばならず、他に同申請人が本件建築工事によって社会生活上受忍の限度を超える損害を被っているとの事実を疎明するに足りる疎明資料はない。

(二)  次いで、同申請人の右目隠し設置請求権の存否につき、被申請人らは、本件建築工事にあたり、同申請人を含む地元住民の同意を得るべく折衝を尽し、最終の円満解決の問題であった本件建物の全住戸において一五坪以上を確保せよとの要求を受け入れ、本件建物の南側面に設ける窓につき目隠しを設置しないことに同意があったものと判断していたのであるし、また、右判断が正当と考えられる状況にあったことに照らして右窓には目隠しを設置する必要はない旨主張するけれども、本件疎明資料をもってするも同申請人が右窓に目隠しを設置しないことに同意していたとの事実を疎明するに足りない以上、たとえ右主張事実が疎明されたとするも、被申請人らは同申請人主張の目隠し設置請求権の行使を拒むことはできない。したがって、被申請人らの右主張は採用できない。

(三)  更に、被申請人らは、別紙第三図面表示のとおり窓下枠から二階部分につき五六センチメートル、三階部分につき三五センチメートル、四階部分につき二一センチメートル、五階部分につき一四センチメートル、六・七階部分につき各七センチメートルの高さの目隠しを設置する用意があり、これ以上の高さの目隠しの設置請求は権利の濫用として許されない旨主張するので判断するに、当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 申請人小林宅は、別紙第一図面表示の二階建居宅二棟で、中庭(本件土地に接し、東西三・八〇メートル、南北五・四〇メートル)を狭んで東、西両側(西側は離れ)にあり、右両棟は中庭の南側にある渡り廊下(軒先の高さ三メートル)で連結し、右各建物の北側面(本件建物側)に開口部を一切有しておらず、中庭についても境界線上に高さ四メートルの板塀が設置されている。

(2) 同申請人は、本件仮処分の審尋の過程においても、右窓全面に目隠しを設置するよう強く要請して、最終案として申請の趣旨2項に掲記のとおりの目隠し(アルミ、アクリル樹脂焼付け塗装)の設置を請求するに対し、被申請人らは、窓に目隠しを設置した場合、居室の日照、通風、眺望等が妨げられ、本件建物の分譲マンションとしての価値、効用が低下するとして右請求に応じないでいたものの、相隣者である同申請人の立場を配慮し、互譲の精神をもって円満に問題を解決すべく、当初、通常人が窓際に立ったときの目線の高さ床上一・五〇メートルから中庭及び渡り廊下を観望しうる視野につき目隠しを設置することとし、窓下枠から二階部分につき五〇センチメートル、三階部分につき三八センチメートル、四階部分につき二六センチメートル、五階部分につき一五センチメートルの高さの目隠しを設置する用意のあること(これにて、庇が長いこともあって、現実の生活空間ともいうべき居室を直接に観望することはできず、六、七階部分からは中庭すら観望できない。)を提案したが、同申請人がこれを拒否したため、更に譲歩して、第二次案として被申請人ら冒頭主張のような目隠しを設置する用意のあること(その仕様は、別紙製品目録記載の製品によるものとする。)を提案するに至った。

以上の認定事実のもとに考えるに、そもそも民法二三五条一項は、相隣者間の不動産相互の利用関係を調整することを目的としたものであって、常人が通常の日常生活を営むに際して、意識しなくても、あるいは極めて容易に相隣者の宅地を観望し得るような窓につき、相隣者の私生活がたえず眺められているような不快感を除去することを要求したものと解すべきであって、その目隠しの程度は、常人の日常的な生活行動を前提とし、ことさらに窓際に密着したり、又はのぞき込んだりするなどの一時的な異常行動を考慮することは相当でないというべきであるから、本件においては、被申請人らの第二次提案の程度で同申請人宅地の利用関係の保護は調整が図られているものということができ、この程度を超える同申請人の目隠し設置請求は権利の濫用として許されないと認めるのが相当である。したがって、被申請人らの右主張は理由がある。

なお、同申請人の第二次提案の限度内における目隠し設置請求は、本件建築工事完了後、本件建物の各居室が分譲された後においてはその履行実現が著しく困難となること明らかであり、保全の必要性が認められる。

3  申請人奥村の仮処分申請について

(一)  同申請人は、本件建物により被る日照妨害に基づき本件建築工事の禁止を請求しているが、本件疎明資料によるも、本件建物が申請人奥村宅に対し、冬至期のいわゆる有効日照時間内につき日影を生じさせること疎明するに足りないから、同申請人の右請求は理由がない。

(二)  同申請人は、反物誂染色取次業を営むものであるが、本件建物の外壁面及び窓ガラスの反射光で業務である反物等の色合せに支障が生ずるので本件建築工事の禁止を求める旨主張し、右主張事実のうち、同申請人が反物誂染色取次業を営むものであることは当事者間に争いがないものの、その余の事実は、本件疎明資料をもってするも疎明するに足りない(仮にこの事実が認められたとするも、別途その改善策を講ずることによって解消されるべきもので本件建築工事の禁止までも求める事由とはなり得ない。)。したがって、右主張も採用できない。

(三)  同申請人は、本件建築工事により反物染に汚点が生じ、これがため仕上反物に損害を被り、従来の得意先を失いつつあり、また実母尋子の眼が悪化しつつあるから、これが解決するまで本件建築の禁止を求めると主張するので判断するに、右主張事実は、本件建築工事によりとの点を除き、本件疎明資料により一応認められるが、本件建築工事との因果関係の存在を疎明するに足りる疎明資料はない(これが認められたとするも、金銭的補償をもって救済できる損害賠償の問題として対処すべきものである。)から、理由がない。

4  申請人ら一七名の仮処分申請について

(一)  申請人ら一七名の日照権の侵害を理由とする本件建築工事の禁止請求権の存否について検討するに、当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 本件建物の敷地である本件土地は、都市計画法上の商業地域に属し、建ぺい率一〇分の八、容積率一〇分の四〇・五六であり、京都市中高層建築物に関する指導要綱上の第六種高度地区に該当し、日影規制はなされていない。

(2) 本件土地のある地域は、北を京都市の幹線道路御池通が通っており、南北道としては、その面する西洞院通そのものが同市の主要路の一であるばかりでなく、東の烏丸通り、西の堀川通という同市の幹線道路の間に位置し、周囲には商業施設が集中し、中高層建築物も多く、しかも最近増加しつつある状況にある。

(3) 本件建物については昭和六一年五月二九日付けをもって建築確認がなされ、建築基準法その他公法上の規定に適合するものである。

(4) 本件建物は、最高の高さ一九・五五メートル、最高の軒の高さ一九・一〇メートルで、御池パークマンションの敷地との境界線から一・八メートルの間隔を保持して建築されるが、同マンションは、右境界線から〇・九メートルしか離さないで建築されているから、本件建物の建築後、本件建物のため同マンションに階数、南北の位置によって差があるけれどもその日照時間によって日が当らなくなるところが生ずること(申請人ら一七名中にも本件建物による日影の影響を受けない者のあることも推認できる。)はあるが、同マンションは東、西両面に主要開口部を設けている建物である。

(5) 被申請人らは、申請人ら一七名を含む御池パークマンション居住者らに対する日照補償、工事迷惑補償等の問題につき、昭和六〇年一〇月二四日以降右居住者らと折衝を重ねた末、同マンション南側居住者への日照補償、全居住者に対する工事迷惑料及び管理組合への寄付金総計三五〇万円を支払う旨右居住者代表者の申請人宮本裕三に提示し、昭和六一年五月一二日に同申請人の内諾を得ていた。

以上の認定事実に鑑みれば、申請人ら一七名が本件建物により被る日照妨害の程度が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えているとはいうことができず、申請人ら一七名の日照権侵害を理由とする本件建築工事の禁止請求権の存在につき疎明がないといわねばならない。

(二)  次いで、申請人ら一七名の生活権侵害を理由とする本件建築工事の禁止請求権の存否について考えるに、当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次のような事実が一応認められる。

(1) 御池パークマンションの南東部分(ただし、五階以上は東側部分)に居住する申請人長谷川富美子、同河野隆一、同宮本裕三、同松村晃、同杉谷明彦の各居室南側の窓が本件建物北側の窓に対面し、同マンションの南西部分に居住する申請人上野晃、同坂本輝三、同久木実、同辻村通博、同荻野敦弘、同山本加代子の各居室南側の窓が本件建物北側の窓に、右各居室のバルコニーが本件建物北側中央部に設置されるストリップ階段にそれぞれ対面することになる。

(2) そこで、右申請人らが、その他の同マンション居住者らと共に、本件建物北側の窓及び階段に観望を防ぐ設備がなく、自らの生活権が侵害されることを理由に、被申請人らに対し、右窓及び階段に目隠しを設置するように求めるに及び、被申請人は、右窓の目隠しについては要求を全面的に受け入れ、床上から通常人の目線の高さである一五〇センチメートルまで目隠しを設置することとし、設計変更の上、前記建築確認を得たが、右階段の目隠しについては、同マンションにはエレベーターが設置されており、その使用頻度は低いと予想されること、階段は居室と異なりその性質上長時間にわたり人がいることはないこと、右階段は非常階段として用途も兼ねており、そこに目隠しを設置することは同マンション居住者らに大きな危険を及ぼすおそれがあること、右階段により眺かれる可能性のある場所は対面する前記バルコニーであって、常時人がいる場所ではないこと等を根拠にして、右バルコニーの南側壁(本件建物に対面する側面)に目隠しの付設あるいは植樹により被害を容易に回避することができ、そのために要する費用は被申請人らにおいて負担する用意のあることを申し入れているけれども、未だに右申請人らにおいてこれを拒み続けている。

以上の認定事実のもとにあっては、被申請人らが本件建築工事において右階段につき目隠しを設置しないことによって、前記(1)の申請人上野晃以下六名に対し社会生活上受忍すべき限度を超える生活侵害を与えるものとは認めることができず、申請人ら一七名のうち右申請人らを除くものに対してはその生活に何ら影響を生じさせないものと認められるから、申請人ら一七名は被申請人らに対し生活権侵害を理由とする本件建築工事の禁止請求権を取得するに由ないといわねばならない。

5  以上の次第であるから、申請人らの仮処分申請求は、申請人小林の目隠し設置を求めるもののうち主文第一項記載の限度で理由があるので、事案の経過に照らして保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余の申請はいずれも被保全権利の疎明がなく、保証をもって疎明に代えることも相当でないのでいずれもこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 鍾尾彰文)

〈以下省略〉

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